"アアルト建築を巡る①・ユヴァスキュラ"

9日間の旅程でユヴァスキュラ、タンペレ、ポリ、ヘルシンキとアアルト建築を巡る旅をした。最初の目的地はユヴァスキュラ。アアルトにとってフィンランドでのスタート地点であるユヴァスキュラまでは関空から14時間程度で行くことができる。
わざわざ狙ったわけではないけど、たまたま夏至祭まで数日という偶然。昔から探検記や紀行小説に出てくる『沈まぬ太陽』という言葉に憧れはあった。だけど、憧れを目の当たりにした喜びとは反して早々に閉まる店とフィンランド特有のアルコール販売規制(21:00まで)で寝つきの悪い時差ボケ全開で滞在スタートとなった。

そんなユヴァスキュラでは、ユヴァスキュラ大学(1953-1957)やアールト博物館(1971-1973)を中心に街に点在するアアルト建築を見学してまわった。初めて触れるアアルトディティールに、ただただ『おぉー』とか『スゲェー』とか言ってる程度。まだこの頃は。

翌日はユヴァスキュラの市街からバスに乗りセイナッツァロ村役場(1950-1952)へとむかった。役場併設のゲストハウスに宿泊し、内部をゆっくりと見学させてもらう。夏至前夜ということで休館だったけど、特別に見学させてもらえた。フィンランド人はとても穏やかで優しい。

役場はというと、光の進入方向と視覚が自然とむく方向を巧みに組み合わせることで、明と暗をはっきりと分け、役場としての存在を示しているようだった。議会場の梁組とフェルナン・レジェの絵を照らす格子の形状、外観からは想像できない盛土された中庭、それに面した回廊、どこも抑制と解放が巧みに取り入れられた飽きることのない空間だった。

予定では役場から5キロほど離れたコエ・タロ(1952-1954)を見学するつもりだったが、夏至当日は休館。また戻ってくることになるけど、改めて予約する。

次の目的地タンペレへ移動するために役場前でバスを待つこと1時間。なかなか来ないバスを待ちつつ、もしかして…って思いだした頃に向かいのアパートから見ていた男性がわざわざ降りてきて、『今日は夏至だから、バスは動いてないよ。だから、タクシー呼んであげる』って。

おそるべし、夏至祭。この数日はずっと、げしげし言ってた。

 

Utsumi Shigemi